さくさく、と一定のリズムで刻まれる二人分の足音。次々に草を踏み締めて進まなければ目的地に辿り着けないこの場所にいるのは、ひとえに幼馴染の後について歩いているせいだった。 「ねぇ、チェレン」 「うん?」 呼べば、前を歩くチェレンが歩を止めず肩越しに振り返る。ベルが同じことをすれば転ぶからと怒るのに、自分に対しては無頓着な様子で。 心を配るのは、自分以外。 チェレンは、いつだってそうだった。 自分のことは後回しで、他人ばかりを優先する。相手を、大切だと思えば想うほどに。 「トウヤは今どこにいるのかな」 「・・・さぁ。トウヤは、何処にでも行けるからね」 苦笑を零しながら、チェレンは捻った首の位置を元に戻す。 戻る直前にちらりと見えた横顔がとても寂しげに見えたのは、ベルの気のせいなのだろうか。 (気のせいで済むのなら、良かったのに) 自嘲するようにそんなことを思いながら、チェレンがある日突然メガネをかけ始めた日のことを思い出す。 あの頃のベルとトウヤは、見慣れないチェレンの装いに散々はしゃいで笑ったけれど、今思えば意味があったに違いないのだ。 視力の良いチェレンが、無意味にメガネをかけるはずがない。 なら、その意味は何処にあっただろう。 「ねーえ、チェレン」 「今度は何?」 再び肩越しに振り返るチェレンは、今度は最初から苦笑顔だった。しょうがないなぁ、とでも思っている顔。 ベルはしょうがないなぁ。昔から、何度も言われてきた。言葉には出さなくても、いつも思ってるんだろう。 だけど、たとえばちょっと呆れていたとしても、絶対に無碍にはしない。ベルはいつだってチェレンの特別だ。 そして、トウヤも。 ・・・トウヤは、もっと。 「メガネ貸して?」 「メガネ?」 きょとんと呆けて、思わずといった風にチェレンが足を止める。その前に回り込んでそっとメガネを引くと、驚いたような声がベルを呼ぶ。 「ふふ、似合う?」 赤いフレームに手をかけて、くいっとあげてみせる。いつもチェレンがそうしていたように。 「何してんの・・・?」 「似合うでしょう?チェレン」 「似合う似合う。似合うのは分かったから、返してよ」 「えー、どうしようかなぁ」 「はぁ?ちょっと、ベル?」 ふふふ、となおも笑いながらメガネを取り返そうとする手から逃れる。そうして逃げ続けていると、困惑気味に下がった眉と揺れる瞳に少しずつ諦めの色が混ざっていくのが見えた。 何が何だか分からないこの状況を、ベルはしょうがないなぁの一言で終わらせようとしている。 それを悲しいと思うベルは、勝手だ。 気付いてしまう、分かってしまう自分が、悲しい。ずっと一緒にいたから、ずっとチェレンのことを見ていたから、チェレンのことがよく分かってしまうだなんて、何という皮肉だろう。 (知ってるよ、チェレン) 分かりたくなんてなかったと思う。 だけど、私だけは分かってあげられて良かったとも、思う。 (どれだけチェレンがトウヤのこと大切にしてたのか) うんざりしたような顔で溜め息を零して、何がしたいの?と首を傾げるチェレンの、きっと一番大切な気持ち。 気付いているのはベルだけだ。 誰にも気付かれず、持ち主が殺してしまおうとしているもの。 「チェレンの大切なものだから、ちゃんと大切にするね」 「え、まさか返す気全然ないの?」 「ありがとうチェレン!」 「会話が出来ない・・・」 がっくりと項垂れるチェレンの手を引いて、行こう?と首を傾ぐ。 レンズの向こうでじとりとベルを見つめたチェレンは、痛みを堪えるような表情で笑いながら「しょうがないなぁベルは」と呟いた。 ガラス一枚隔てた世界は、何にも変わらない。 それでも、チェレンにとっては大切な壁だったのだろう。 (メガネがなくなっても、変わらないよチェレン) 何も変わらない。 チェレンの気持ちも、ベルの思いも、トウヤの見つめる世界も。
チェレンのメガネがベルの手元にある理由について。 |
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