久し振りの挑戦者に心が浮き立ったのは、ほんの一瞬。 (・・・あぁ、焦ってるな) ピカチュウに指示を出しながら、その向こうに立つトレーナーを見て、思う。 一体しか手持ちが残っていない状態ではそれも仕方のないことかもしれないけれど、あまりに呆気ない。焦りの滲んだ瞳には、同時に諦めも宿っているように見える。それが何より、やるせない。 ポケモンバトルが楽しくないなぁと思ってしまうことが、辛い。 胸の中にあるもやもやしたものを溜め息に乗せて吐き出しながら、ピカチュウを呼ぶ。 もう終わらせてしまおう。振り返ったピカチュウは、全てを言葉にしなくてもレッドの感情は伝わったようで、小さく頷きが返った。 「うああああああぁっ!!」 「っ?」 突然上がった奇声に、びくっと肩を震わせる。突然何事だ、と思うのと同時にピカチュウの慌てたような声が耳に届いた。 「・・・・・・あ」 一拍遅れて焼かれているかのような痛みを覚えて腕を見下ろすと、ぱっくり開いた三本線から真っ赤な液体が流れている。 ピカチュウが相手をしていたメガニウムは変わらず向こうに立っているのに何故と思えば、背後にはひん死の状態でモンスターボールの中にいたはずのニューラが、何故かそこにいて。 あぁ、あの爪で切られたら痛いよなぁ、なんて今一つ働きの悪い頭で考えていると。 本気で怒ったらしいピカチュウが、相手のポケモンどころかトレーナーごと電流処刑を下していて、レッドが何をするまでもなく決着はついてしまった。 くるくると白い包帯を巻きつけていく。 その様子をじっと見つめている小さな相棒の目が、心配そうに歪んでいるのを見て、大丈夫だよと答えるように笑って見せた。 多分、大丈夫ではない。山を下りてちゃんと手当てをしないとまずい類の傷だろう。分かっているけれど、動こうという気持ちが何処を探しても見つからないのが不思議だった。 このままではピカチュウが責任を感じてしまうだろうし、痕が残ればピカチュウはもっと傷付く。 なのに、身体中が疲れを訴えるみたいに重たくて仕方がない。 「・・・傲慢だった、なぁ」 どうして、あんなことを思ってしまったんだろう。 もう終わらせてしまおう、どうせ相手には敗北しか残っていない。勝手に相手の負けを決め付けて、狂気の滲む瞳に気付きもしなかった。 追い詰められて愚行に走るトレーナーの心に、気付けなかった。 だからこれは、レッドの驕りが招いた結果なんだろう。 「俺が悪かったんだよ、ピカチュウ。お前は何にも悪くないんだ。だから、お前が俺の痛みを背負う必要はないんだよ」 ゆっくりと小さな頭を撫でて笑うと、酷く痛そうな顔をしたピカチュウはレッドの腕から逃れて洞窟の奥に走り去ってしまう。 今にも泣き出しそうに見えたから、レッドの目から隠れたいのかもしれない。 (男は、簡単に人に涙を見せたらいけないもんね) そっと溜め息を零しながら、これからどうしようかと岩肌に背中を預けながら考えていると、ざりっと足音が聞こえる。 反射的に、空耳だったらいいのに、と思った。 「レッド、いるかー?」 いっそ能天気だと罵ってしまいたいほど、いつも通りの声。 ぐらりと、気持ちが揺れる。 拳をきつく握り締めて感情の波を抑えようと思うのに、タイミング悪く訪れた来客はレッドの事情なんてお構いなしだ。 「あぁ、いた。今日は随分奥に・・・腕、どうしたんだ?」 「・・・。色々あった」 「話す気はゼロかよ、ったく」 目聡く左腕の包帯に気付いたグリーンは、背負っていた荷物を地面に下ろしてからすぐにレッドの真正面に座り込む。 「痛むのか?」 「怪我をしたことは、いいんだ。こんなの、全然・・・」 喉が痞えそうになって、唇をぎゅっと噛み締める。口を閉ざさなければ、喉の奥から色々なものが溢れてしまいそうな気がした。醜いものとか、汚いものとか、たくさん。 怪我なんて少しも気にならない。 痛くなんて、ない。 だけど、腕なんかよりももっと別のところが、とても痛い。 「全然ってお前・・・そんな顔して、痛くないわけないだろ」 何を言ってるんだとばかりに顔を顰めたグリーンは、労わるように左腕を一度撫でてから、適当に巻きつけたばかりの包帯を剥がしてゆく。ひどく優しい手つきで触れられて、本当に傷は痛くも何ともないはずなのに涙がぼろっと零れ落ちた。 「・・・何でお前は、そうやってすぐ無理をするかなぁ」 「むり、なんか・・・してっ・・・ない」 「無駄な努力はいいから。いっそのこと、思いっきり泣けって」 苦笑顔で傷口ばかりをじっと見つめているのは、多分グリーンなりの気遣いなんだろう。泣き顔を見ないように。レッドが、思い切り泣けるように。 それでもこれ以上嗚咽を漏らすまいと必死に堪えていると、グリーンはしょうがない奴だなぁと笑ってレッドの頭を抱き寄せた。 「ほら、これでお前の泣き顔見てる奴いないから。我慢はそれぐらいにしとけよ」 囁くような声が、鼓膜を震わせる。 泣くつもりなんてなかったのに。縋るつもりなんて、なかったのに。 だけど、暖かい腕に抱かれたら喉の奥に痞えていたものが全部溶けてしまったような気がして。 「もう、いいんだよ」 結局、子供みたいに声を上げて泣いていた。 全てを話したら、君はくだらないと笑い飛ばすだろうか。 傲慢だと怒るだろうか。 それでも聞いてくれれば嬉しいと思うし、軽蔑されなければといいなと、思う。 だから、帰ろう。 全てが始まった、あの町へ。 始まりの町、マサラタウンへ。
リクエストより、「モブに酷いことをされて泣くレッド」 |
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