何でとかどうしてとか、そういうのは全て置き去りだった。 ただ、気付いたら何故かこんなことになっている。 辺り一面の雪景色。真っ白い世界の中に、ぽつんとインクを零したように存在している黒い影。 その背中はさくさくと真っ直ぐ真っ直ぐ歩いていく。その先に何があるのか、何もないのか、レッドには想像も出来ない。迷うことなく足を踏み出す彼には、何が見えているのだろう。 置いていかれてしまうのが怖くて反射的に追いかけようとぐっと足に力を入れるのに、一歩を踏み出すことすら出来なかった。 追いかけることすら叶わないまま小さくなっていく背中が哀しくて寂しくて、待って、と大きく張り上げた声。 けれど彼は、止まらない。 何度も何度も呼んで、叫んで、それなのに。 「行かないで、グリーン・・・!」 グリーンは、一度も振り返らなかった。 「あ、起きた」 すとん、と意識が堕ちていく感覚に襲われて、唐突に目が覚める。寝ているという自覚はなかったけれど、つい今し方までの光景は夢だったらしい。 目の前にある顔に、心から安堵を覚えた。 「・・・・・・グリーン?」 床で寝ていたレッドの顔をベッドの上から覗きこむようにしながら微かに笑みを浮かべている幼馴染は、幻じゃない。 背中じゃなくて顔が見えるというのが、これほど安堵を覚えるものだとは思わなかった。 「なんか、夢見てた?」 「ん・・・」 ベッドから身を乗り出したグリーンが、手を伸ばす。 ぽすん、ぽすん、あやすように頭を撫でられると、張り詰めていた息がゆっくりと漏れていった。同時に、いつの間にか強く握り締めていたらしい拳が緩む。 「グリーンが・・・」 「俺?」 「・・・俺を置いて、どっか行っちゃった」 「は?・・・そりゃまた、根拠のない冤罪だなぁ・・・俺は置き去りにされた側だよ」 「そうだね」 苦笑気味に返されれば、頷くほかない。 誰にも何も告げずに登ったシロガネ山の頂上で、数年ぶりに再会したグリーンに散々文句を投げられた記憶がそうそう忘れられるものではなかった。 幼馴染を置いて、行方も告げずに消えてしまったのはレッドの方だ。 (・・・なのに、何であんな夢見るんだろう) グリーンが唐突に何処かへ消えてしまうなんてことはなかった。きっとこれからだって、ないのだろう。グリーンはそんなことをする人間じゃない。 「明日山に帰るんなら、ちゃんと寝とかないと辛いだろ。もうそんな夢見ないように、抱いててやろうか?」 「・・・うん」 「え」 にやりとからかうような笑みを向けられてこくりと素直に頷けば、今度は豆鉄砲に当たったハトのように驚愕を顔に貼り付けてピタリと動きが止まった。 百面相だ、と心の中で呟きながら、もそもそと布団の中から這い出して隣のベッドに乗り上げる。 「冗談だった?」 「うわ、なんか腹立つ」 ぐ、と腕を引き寄せられて、ぶつかるようにして収まったグリーンの腕の中。腹を立てていると言う割には腕を引いた力はそれほど強くなくて、それどころか頭の上から小さく笑う声が聞こえた。 何がおかしいんだろうと思いながら顔を上げると、文字通り楽しそうな顔に出会う。 「何かもう俺寝られる気がしねぇよ」 「別に無理はしなくていいよ」 「するよ。無理だろうと何だろうと、いくらでも。だってこれは、俺の特権だろ」 だからお前はいつも通り寝てればいいんだよ、とグリーンが甘やかすように笑う。実際、甘やかされているんだろう。この腕から離れていかないように、繋ぎ止めるみたいに。 柔らかくはない腕に包まれながら、大きく息を吸い込む。 肺いっぱいにグリーンの匂いが染み渡ると、驚くほど呼吸が楽になった。 護られたいわけじゃないのだけれど。
リクエストより、「悪夢を見る」 |
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