もしも僕が言葉を話せたら、大好きだよって伝えるのに。




「よおレッド、生きてるかー」

外の吹雪く音が聞こえる以外には、限りなく静かだった洞窟内。
そこへ突然降って湧いた声に気付いたレッドは、殆ど夢の世界に行きかけていた意識を無理矢理引き戻してはっとしたように眼を開ける。その様子をすぐ傍で見ていたピカチュウは、レッドの足に寄り添うように丸めていた身体を出来るだけそっと離して、隅に置かれた鞄の傍に並んだ。
レッドが凍えないよう傍で眠るのは、ピカチュウの役目だ。
けれどそれは、レッドの傍には他に温める人間がいないからという単純な理由でのみの役目であることも、ちゃんと理解している。

「生きてるに決まってるじゃない」
「お前のそれは何の根拠もないだろうが」

洞窟の奥までやって来たグリーンと軽口を叩き交わすレッドの表情は、とても柔らかい。
ついさっきまで、ピカチュウが寄り添っていなければ凍えてしまうのではないかと思ってしまうほど寂しげな顔をしていたのに、今はとても暖かな笑顔を浮かべている。
その笑顔が好きだから、ピカチュウはそっと離れた場所で丸くなるのだ。
長くは続かないと知っているそんな幸せな時間が、一秒でも多く続きますようにと祈りながら。




「今度来るとき、傷薬も少し持ってきて」
「はいはい。じゃあまたな」

呆れたような顔で笑うグリーンが、山を下りるための一歩を踏み出す。その背中を少しの間見送ると、レッドもまた洞窟の中に戻るためにくるりと踵を返した。
さくさくとゆっくり雪を踏みしめながら洞窟の中へと戻っていくレッドの後を、ぽてぽてとついていく。本当は離れたくないんだろうなぁ、と思いながら。素直になればいいのになぁ、とも思いながら。
ほんの数歩の距離を惜しむように歩くぐらいなら、寂しいのだと言ってしまえばいいのに、グリーンに迷惑をかけるからという何処までも矛盾した理由でレッドは口を閉ざす。グリーンはきっと、そういう言葉を待っている。お互いにそんな風だから状況はずっと変わらないままで、周りが勝手にやきもきと二人を見守るのだ。
早く気付けばいいのに。そう思わずにはいられない第三者は、きっとたくさんいるんだろう。それはとても、詮無い悩みだ。
レッドが洞窟内に一歩踏み入れたところで、ふと足を止めて振り返る。他意があったわけじゃなく、何に気付いたわけでもなく。ただ、ふと。

(・・・はやく、きづいたらいいのに)

思わず、溜め息を零したくなった。
振り返ったピカチュウに気付いたグリーンは、「内緒な」と笑う悪戯っ子のように、唇に人差し指を当てる。
山を下りるのはレッドが洞窟に入るのをしっかり見届けてから、とでも決めていたのかもしれない。
そのままレッドの足音が聞こえなくなるのを待ってから、ようやく踵を返して去っていく。ひらひらと振られた右手は、ピカチュウに対する挨拶なのだろう。返す言葉はないけれど、見送るだけは見送ろうと黙って立ち尽くした。
早く帰らないとレッドが心配してまた外に出てきてしまうから、ほどほどに。

(にんげんは、むずかしいな)

グリーンの姿が真っ白な雪に覆われて消えていくのを見て、くるんと踵を返してたしたしと洞窟内を駆ける。グリーンが帰ってしまった空間を寂しく思っているだろうレッドの元へ帰るために。
言葉を話せたらいいのにと思うことは、今までもたくさんあった。
伝えたいことならたくさんある。
だけど、もしも本当に言葉が話せるのなら・・・まずは。

(だいすきだよ。ずっと、だいすきだよ)


グリーンは君のことが大好きなんだよって、教えてあげるのに。





君を喜ばせるための言葉






きっと君は、その方が嬉しいでしょう?

2010/10/31



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