いつまでも変わらずにいられればいいのにと願いながら、何処かで変化を望むのはとても矛盾していて。
だけど、それでもいとおしいものが傍にある未来だけが、不変の願望だった。





喫茶ポケットへようこそ





夜が訪れると、途端にひっそりと静けさの満ちる店内。
その店内で後片付けやら明日の準備やらを、唯一の店員と二人で行うのがグリーンにとって酷く楽しみな時間であることを、レッドは知らない。伝える気ももちろんない。何も言わなければ、レッドもそう思っているんじゃないか、なんて自意識過剰なことを思っていても許されるからだ。
自意識過剰、結構なことじゃないか。

「そういえば、カスミが今度彼氏と来るって」

グリーンに背中を向けてきゅっきゅっとテーブルの上を丁寧に拭いていたレッドが、ふと手を止めて肩越しに振り返りながら、思い出したように突然呟く。
・・・今、何て言ったんだろう。

「悪い、もっかい」
「カスミが、今度彼氏と来るんだって」
「は?だってアイツこの間別れたって言ってなかった?」
「新しく出来たらしいよ。お給料三ヶ月分の指輪を買ってくれる人を見つけたんじゃない?」
「指輪?そりゃ一体何の話・・・っていうかアイツは、魔性の女か何かなのか・・・?」

本人を目の前に言えば確実に睨まれるだろうセリフを口にしながら、深々と溜め息を零す。さぁ、と肩を竦めて笑ったレッドは、再びテーブルを拭くために向き直ってしまった。
振られたと騒ぎ散らしていたのは、一体何処の誰なんだろう。そんなことを言えば、それだけの魅力があるのよ、と鼻で笑われそうな気がするから言わないけれど。ついでに言えば、グリーンにはその魅力が今ひとつ分からないけれど。(カスミは良い奴だとは思うが、彼女にしたいとは正直思えないタイプだ)

「今度こそ、カスミが幸せになれるといいよね」
「だな」

大切なものを望むような声に、ともすれば零れそうになる苦笑。
高校生の頃からずっと、レッドはカスミの幸せを願っているのだと言う。カスミの気持ちを知ってか知らずか、どちらにせよ酷な願いだ。
周りから見れば、すぐに分かるのに。

(・・・カスミは、お前のことが好きだったんだろうに)

今はもう諦めてしまっているのかもしれない。
まだわずかでも、気持ちが残っているのかもしれない。
けれど、グリーンは何も聞かない。聞けない、というのが正しいだろう。
レッドがカスミを見ない理由を、知っているから。

「なぁレッド」
「んー?」

しばしの沈黙の後、改めるように名前を呼ぶと間延びした声が返る。
あんまり静かすぎるのも問題だ、なんて思うのは多分今だけだろう。心臓が走る音さえ響いてしまいそうだなんて、そう滅多にあるようなことじゃない。

「永久就職、する気ない?」
「・・・・・・・・・・・・は?」

手元の皿から目を放さずに、きっとグリーンの方を振り返っているんだろうレッドがどんな表情をしているのかを想像すると、怖いような、だけど見てみたいような気に駆られる。
いつも殆ど表情を動かさないレッドは、今どんな顔でグリーンを見ているのだろう。
呆気に取られているのか、驚いているのか、不思議そうな顔をしているのか。何にせよ、引いていなければいいな、とだけ思う。

「俺が、一生食わせてやるよ」
「・・・それ、プロポーズ?」
「残念なことに、給料三ヶ月分の指輪はないけどな」

小さく笑いながら、ひたすら真っ白な皿を拭く。布巾に擦られて音を立てる皿が磨り減ってしまったら、姉に怒られるかもしれないなぁと現実逃避さえ図りながら、静かすぎる店内に少しでも余計な音を響かせた。

「突然だね、また」
「そうでもねーよ。結構前から考えてた」
「そうなの?」
「そうなの」

ようやく皿から視線をカウンターの向こうに投げると、レッドはこちらに背中を向けてテーブルを拭いている。グリーンがプロポーズを切り出す前と同じ、テーブルを。(あのテーブルも、磨り減ってしまうかもしれない)

「男同士じゃ結婚なんて出来ないし、生産性もなければ将来性もないけどさ。でも、けじめはつけときたいなぁって」
「けじめ?」
「そ。なんつーのかな。お前とずっと一緒にいるための、約束っていうかさ」

書類には起こせないし、公的には何の価値もない。結婚のように世間で言う拘束性なんて欠片もないけれど。
それでも、レッドの特別になりたいと思うのだ。
ただの友達とか、幼馴染ではなくて。

「・・・返事は?」
「家事とか、さ」
「うん」
「興味なくて。今まで、料理もしてこなかったから出来ないけど」
「知ってる」
「それでもいい?」

ぽそぽそと言葉を落とすように紡いで肩越しではなく身体ごとくるりと振り返ったレッドは、少しだけ困ったように眉を下げて、首を傾げる。
その様子に覚えたのは、安堵なのか歓喜なのか。

「遠回りな承諾だなぁ」
「グリーンだって似たようなもんじゃない」

不服気に唇を尖らせながら、テーブルを拭いていた布巾を折りたたんでグリーンへ放り投げる。受け取った白い布はそのまま流しに放り込んで、ついでに皿を拭いていた布巾も脇に退けておく。既に、皿はピカピカだ。

「大体、店を手伝わないかって言われた時に何で頷いたと思ってたの」
「お前ちっとも悩まなかったよな」
「何とも思ってない奴のために退学するほど、馬鹿じゃないよ。大学に行くのは、タダじゃないんだ」
「知ってる。俺のために退学してくれって言うのは、内心びくびくだった」

勢いって恐ろしいよなと笑うと、そうだねと諦めにも似た苦笑が返る。あぁそうか、あの勢いで好きだとかそういうことも一緒に言ってしまえば良かったのか、なんて今更思うけれど後の祭りだ。
そもそも、店を一緒にっていうのは概ねそういう意味なのだから、レッドの言い分も当たり前と言うか、結局二人とも言葉が足りなかっただけ、ということなのだろう。
ずっと昔から、それこそ最初から、互いに互いしかなかったから。つい、形にしておかなければならなかったはずの大切な言葉すら、おざなりにして抜け落ちてしまっていたのかもしれない。

「馬鹿だよなぁ、俺ら」
「一緒にしないでよ」
「一括りだろ」

カウンターの向こう側に立つ幼馴染はやはり不服そうに唇を尖らせているけれど、何だかもう色々なことがどうでも良い気がしてきて。
だって、ただいとしいだけだ。
ただ、大切なだけだ。
ずっといつまでも一緒にいられたらいいと、願うほど。

「好きだよ、レッド」

心から自然と溢れていくみたいに口にした言葉は、しっくりと声に馴染んで空気に溶ける。
言葉にするのがこんなに簡単なことだとは思ってもみなかった。随分難しいことだと思ってきたのに。

「・・・・・・それが最後とか、おかしいと思う」
「そうか?」
「そうだよ、馬鹿店長」

怒ってるのか困ってるのか微妙に判断のし辛い顔をしたレッドは、もう一度馬鹿と呟いてから、俺だってずっと好きだったんだと小さく付け加えた。


本日の営業は終了しました。
またのお越しを、お待ちしております。






おちもやまもいみもなく、喫茶店パロ閉店であります。

2010/6/12



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