大学から家までを結んだ道の、おおよそ中間地点。
目的の喫茶店は、そんな場所にある。





喫茶ポケットへようこそ





「ほらほら、ヒビキ君早く早く!」
「そんなに急がなくても、喫茶店は逃げないと思うよ」
「逃げなくても、混んじゃうでしょ!早く早くー」

幼馴染の彼女は、ぱたぱたと駆けて前に進んでは、ヒビキとの距離が空き過ぎると振り返って急かすようにぶんぶんと大きく手を振る。
落ち着きなんて一切ない。(大学生なのに)賑やかで元気いっぱいで、楽しいことに全力を注ぐ女の子。(この際、女の子と呼んで良い年なのかどうかという疑念はゴミ箱に紙で包んで捨てておく)
あんまり全力過ぎて付いていけないことが多々あったりもするけれど、それを含めてコトネらしいんだろうとも思うから、強くも言えない。何だかんだ言って、そういうコトネが好きだというのも事実だった。

「今日はグリーンさんの奢りで、たんと食べようね!」
「えぇ・・・?それは無理なんじゃないかなぁ」
「そんなことないよ。今日はなんかいけそうな気がするの!」
「また根拠のないことを・・・」

大学からの帰り道を真っ直ぐ歩いて辿り着く、ちょっと小さめの建物。
古めかしい木造の扉のすぐ傍に置かれた黒板風の看板には、可愛らしい文字で『喫茶ポケット』と記されている。

「こんにちはー!」

扉を押し開くと、カラーンと軽やかに鳴り響く鈴の音。その音に反応してゆっくり振り返ったその人は、いらっしゃいませと声にしながらぺこりと頭を下げた。その後ろでは、グラスを拭いていたらしい店長が顔を上げて顔を顰めている。
唯一の店員であるレッドが無表情なのはいつものことながら、店長のグリーンまでもが不機嫌そうな顔をしているのは珍しい。もしかすると、ヒビキ達が来るより前に何か一悶着あったのかもしれない。

「だーから!お前はもっと愛想ってものを」

勢いよく吐き出された文句は、レッドを挟んで反対側にいるヒビキ達を目に留めて、呆気なく中途半端に途切れた。

「・・・あー何だお前らか。じゃあいいや」
「じゃあって何ですか!私達もお客様ですよ!店長がそんなでいいと思ってるんですか!?」

きゃんきゃん喚き立てる幼馴染を眺めながら、お客様は店長に奢ってもらおうなんて計画は立てないんだよ、とは口に出さずに思う。

「今更お前に振り撒く愛想はない」

けれど、グリーンのそれもまたおかしな理屈だなぁと、思う。(やっぱり口には出さないが)

「ひっどーい!そんなじゃお店潰れちゃいますよーっだ」
「ほら、仲が良いのは分かったから、とりあえず中に入って席に座ろうか」

後ろがつかえてるよ、と淡々と紡ぐ店員の声を聞いて後ろを振り返ってみれば、コトネの後ろに控えていたヒビキの更に後ろに、女の子が二人ほど苦笑気味の顔で立っている。
迷惑なことこの上なかった。

「とりあえず、君達はこっちにおいで」

今し方店長が指摘したように、愛想なんてものをごっそり取り零した表情でこいこいと手招く店員の後をついていきながら、この人は何でいつも無表情なんだろうとこっそり首を傾ぐ。
声はどこまでも淡白に聞こえるし、とにかく表情がない。というか、覇気がない。
いつものこととは分かっていても、何となく心配になる。
喫茶店の店員がそんなことで大丈夫なんだろうか?

「注文は決まってる?」
「ショートケーキとミルクティーをオーナーの奢りで!」

ことんと首を傾げたレッドに対して挙手をする勢いで捲し立てるコトネは、とても本気だった。お客様に対して失礼だ、と大きく主張したのと同じ口から飛び出ている言葉とは到底思えない。

「コトネちゃん、だからそれはさぁ・・・」
「伝えておく。ヒビキは?」
「え、あ、じゃあ同じものを」
「分かった。ついでにヒビキの分も一緒に奢ってもらおう」

特に表情を動かさずに言うレッドもまた、本気なのだろう。なんて店員だ。
じゃあちょっと待っててねと言い置いた彼は、注文を繰り返すでもなく何処かに書き留めるでもなく、そのまま踵を返して去っていく。
その後ろ姿を見て、何故か急に不安になった。

「レッドさんがあんな調子なのに、どうしてこの喫茶店は結構人気があるのかな」
「え?やだ、ヒビキ君もしかして知らないの?レッドさん、人気あるよ」
「愛想悪いのに?」
「それとこれとは別問題ってことね!」

楽しそうににっこり笑って、グリーンはキャーキャー大っぴらに騒ぎ立てることの許されたアイドルのようなもので、レッドはその反対に影でかっこいいとかかわいいとか騒がれているのだと懇切丁寧に説明してくれた。
どちらにしても騒ぐんだなぁ、とそんな感想を抱く。

「あ、それと、ヒビキ君何か勘違いしてるみたいだから教えておくけど」
「勘違い?」
「レッドさん、笑うよ?」
「・・・・・・」

笑うよ、とそんな大層な秘密を打ち明けられるかのように言われても困るよなぁと思いながら、そりゃそうだろうと頷きかけて、けれど言葉が出てこなかった。
レッドが笑っているところなんて、そういえば殆ど目にしたことがない。

「ちょっと待ってて、次来たときは笑ってもらうから。それが、何かすごくかわいいっていうか、綺麗っていうかねぇ。大人っぽいんだけど、子供なの」
「・・・ごめん。コトネちゃんの言ってることがさっぱり分からない」

大人っぽいのに子供って一体どういうことだろう。というか、笑ってもらおうと思って笑ってもらえるものなんだろうか。
とりあえず判明したのは、人気喫茶店に必要なのはアイドルみたいな店長と見目の良い店員らしいということだ。
女の子は、時としてとても残酷な生き物だと思う。

「お待たせ」

そんな話を聞いている間に、ひょっこりと戻ってきたレッドの手には、ショートケーキとカップの乗ったお盆が乗っている。どうでした?と首を傾げるコトネの目は特に期待に満ちているわけではなく、結果が分かっているとでも言いたげに見えた。いける気がする、というのは大言壮語だったのだろう。

「あと五年経ったら出直して来いって」
「本当にグリーンさんは芸がないですねぇ」
「芸の無い店長に代わって、今日は俺が奢るよ」

ケーキを持ったままひょいと器用に肩を竦めて、にっこり楽しそうに笑った彼(あぁ、本当だ笑ってる)は、なるほど確かに子供みたいな大人に見えないこともない。成人を過ぎていても、無邪気に笑う様はとても幼く映る。
ほらね、と目で合図をするように笑って見せたコトネに苦笑を返しながら食べたケーキは、とても美味しかった。


どうせなら、何で笑ってもらえたのか、種明かしをしてくれればいいのに。






親しい人だけに見せる、レアな表情。レッドさんだって、楽しければ笑うのです。(喫茶店の店員としては間違っている)

2010/5/26



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