喫茶ポケットの仕事は、夢を売ることだ。 ・・・なんてことは、全くない。 けれど、少なくとも店に足を運ぶ人々は夢のある空間だと思っているらしい。とりあえずのこと、夢を壊す場所ではないことだけは確かなのだろうが、残念なことに喫茶ポケットの仕事は夢を売ることではない。 ケーキとお茶と、ほんの少しの休息を提供するだけの、裏も表もない普通の喫茶店だ。
喫茶ポケットへようこそ
お冷が残っているグラスを二つ、中身のないグラスを二つ、クリームが端っこに少し着いてしまっている皿と何が乗っていたのか分からないほど綺麗な皿を一枚ずつ。 照明に当たるとピカピカ光る銀色のお盆に全てを乗せて、持ち上げる。 先ほどまではささやかながらも賑わっていた店内には客の影がなく、これを運んで洗い終えたら少し休憩を取ろうかなぁ、と思っていたところへ、カラーンと涼やかな鈴の音が響いた。残念だ。 「いらっしゃーい」 いち早く客の来店を迎えた店長が、にっこりと微笑む。 その笑顔を受けた女の子は、はにかみながら首をちょこんと傾けるようにして会釈を返していて、その子の後ろにいた男の子(恐らく彼氏だろう)がぎくりと一瞬肩を震わせてからぎこちない笑みを浮かべた。 出遅れてしまったレッドは、少し離れた位置で全様を目にしてしまったため、何だかとてもかわいそうなものを見た気分になってしまった。 かわいそうに。焦る必要なんて少しもないのだから、そんなにおろおろしなくてもいいのに。 「お待たせいたしました。お席にご案内します」 するりと店長と客の間を遮るように立って、ぺこりと頭を下げる。 あ、はい、と些か慌てた様に居住まいを正した彼女さん(仮)を見てほっとしたように表情を緩める彼氏君(仮)は、余計なお世話かもしれないけれどレッドの目にはやっぱり何だかとてもかわいそうに映った。 酷く後ろめたいぐらい申し訳なくなって、後で店長に文句を言ってあげるからね、と心の中でこっそり詫びを入れておく。 相手には、さっぱり伝わっていないのだろうけれど。(実際、伝わっていたら怖い) 「ご注文が決まりましたら、お呼びください」 特に席の希望なんかはないようだったから、せめて彼氏君(仮)が落ち着けるよう彼女さん(仮)から店長の姿があまり見えないような席に案内をする。 メニューをテーブルにそっと差し出してさっさとその場を離れてカウンターに戻ると、明らかに不機嫌そうな顔をした店長に出くわした。彼から遠ざけて座らせたことは、しっかりばれていたらしい。 他に客がいないのにわざわざカウンターから遠い席に案内したのだから、当然と言えば当然の結果だった。 「お前の案内の仕方は、一々露骨過ぎる」 「あの子が可哀想に見えたんだから、しょうがない」 カウンターの向こう側、頬杖をつきながらむすっとした顔で座っているこの喫茶店の店長であるグリーンは、昔から付き合いのある所謂幼馴染というやつだ。 突然、親父の店継ぐことになったんだけど手伝ってくんない?と首を傾げられて、つい分かったと返事をしてしまった一年ちょっと前のあの日以来、一応レッドの上司という立場にも当たる。 何で一も二もなく頷いてしまったんだろうと時折考えてしまうのだけれど、自分のことながら未だにその理由はよく分からない。 気紛れと言ってしまえば、それまでだ。 「大体なぁ、レッド君。いつも言っているようだけれども、喫茶店の店員だって自覚があるんならもう少し愛想よく笑おうや」 「店長と相殺出来てていいじゃない」 「その理屈はおかしいだろ。接客業なんだから、愛想が良いのは基本じゃね?」 「男女平等って言葉を覚えてるんならね」 「俺は贔屓なんてしてねーよ。女の子の方が、俺を放っておかないんだ」 「あぁそう」 堂々と吐き捨てられる言葉に、返す言葉が見つからない。 グリーンなんかの何処がいいんだろうなぁ。そんなことを思いながら、やれやれと肩を竦めて溜め息を零してカウンターに放置したままだったお盆からグラスなどの類を脇に退けて手に取った。 ブラウン管の中にいるアイドルが身近にいるようなものですよ、だからみんなグリーンさんを見に来たがるんです、といつだか高校の時の後輩がのたまっていたけれど、それは大袈裟だよなぁと思い出す度にそう思う。 女の子達がグリーンを放ってはおかないというのは事実だから認めるにしても、グリーンはアイドルなんかではなくただの喫茶店の店長で、レッドはその喫茶店で働く唯一の店員だ。 それ以上ではなければ、それ以下でもない。 それでも女の子達がグリーンに向ける瞳は夢を見ているみたいにキラキラとしているから、不思議で堪らない。 そんな、女の子達皆に夢を見せるための人じゃ、ないのに。 「ねぇグリーン」 「んー?」 お盆を抱え込んで、カウンターに背中を預けながら、肩越しにグリーンを振り返った。 少し離れた席に座っている彼らは未だ注文は決め兼ねているようで、メニューを覗き込みながら楽しそうに話をしている。多分、もう少しの間は呼ばれないだろう。 「そんなことばっかり言ってると、愛想を尽かされるよ」 意趣返しに、というよりはただの思いつきで口にしてみたセリフ。それが現実にならないことは自分が一番分かっているのだけれど、口にしてしまったものはもう戻らない。 レッドの言葉に一瞬きょとんと目を瞠ったグリーンはすぐに目を緩く細めて首を傾いで、そして。 「誰に?」 「俺に」 「あぁ、それは困るなぁ」 ははっと嬉しそうに笑った。 喫茶ポケットは、本日も賑やかに営業中だ。
おちもやまもいみもない、喫茶店パロ開店であります。 |
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