久し振りに感じる熱と、湧き上がる激情。
少年のバクフーンが放った火炎放射が周囲の雪を溶かすように、レッドの心に滞っていた何かが溶けていくような錯覚に満たされる。
長い間忘れていたこの感覚を、ずっと追っていたい。
楽しいこの時間がずっと続いてくれたらいい。
ひたすらそんなことを願いながら、ピカチュウ達と共に少年の言葉を受け止める。

「バクフーン、地震!!」
「っ!!」
「そのまま決めろ!スピードスター!」

積もっていた雪がぶわりと大きく舞い上がった。途端に視界が利かなくなったけれど、カビゴンの巨体がぐらりと傾ぐのが分かる。同時に、切なさにも似た感情が膨れ上がる中に、何物にも代えがたい充足感があった。

「戻れ、カビゴン。・・・ありがとう、よくやったね」

大勢を立て直すことが出来ずにずしんと雪に倒れ込んだ仲間をボールに戻して、少年のいる方に視線を向ける。
彼が、最後のポケモンだった。勝負はレッドの敗北で終了だ。
ポケモン達の技やカビゴンが倒れた時に舞ってしまった雪で向こう側がまるで見えないけれど、雪が落ち着いてあのキラキラした瞳が見えたら、本当に楽しいバトルだったと伝えよう。
楽しいとか負けたくないとか、悔しいとか。何もかもが本当に久し振りの感覚で、どれだけ感謝をしてもし尽くせないぐらいたくさんのものをもらったように思う。
またバトルをしよう。
今度は負けないよ。
そんな風に言いながら手を差し出したら、握り返してくれるだろうか。人と会話が出来ると思うと嬉しくて泣きそうになるけれど、声を震わせないように気をつけなければ。
そんなことを思いながら、雪の落ち着きを待っていたのに。

「・・・・・・まだ、名前も聞いてなかったんだけどなぁ」

ようやく視界が晴れた頃、レッドの望んだ瞳が見えることはなかった。
少年がいたはずの場所には、足跡ひとつも残っていない。


希望に出会えたのだと信じていたレッドに残されたのは、今まで以上の絶望だった。





みなしごみらい





「おいで、ピカチュウ」

足元に座り込んでいたピカチュウを抱きあげる。
胸に灯ったはずの光が急速に闇に飲み込まれていく感覚が怖くて恐ろしくて、無意識に腕が温もりを求めていた。

「あの子、消えちゃったね。・・・君も、いつかは消えてしまうのかな」

折角たった一人レッドを見つけてくれた子だったのに。
こうもあっさり目の前からいなくなってしまうぐらいなら、いっそ見つけないでくれていたら良かったとさえ思ってしまうのが哀しくて、やりきれない。
ふるり、と身体が震える。この山に登って初めて寒いと思った。半袖のシャツから伸びた腕は今まで一度も寒さなど感じはしなかったのに、今になって唐突に寒さを感じ取っている。
何故なのかは分からないけれど、漠然と心の問題なのかもしれないとそう思った。
初めて見つけた光があまりに暖かく感じられていたから、それを失った反動なんじゃないだろうか、と。

『光は、あるよ』
「え?」

ふいに聞こえた声にことんと首を傾げて空を見上げると、レッドの手からすり抜けて雪の上にすとんと着地したピカチュウが、にこりと笑う。
その次の瞬間、くるんと振り返ったかと思うと言葉を失ったレッドを置いて勢いよく走っていく後ろ姿はあまりに潔くて、一歩を踏み出すのが遅れてしまった。待って、と慌てて走り出してみたところでもう遅い。黄色い小さな後ろ姿は、雪の中に消えてしまっている。
たすたすと小さな足音が耳に届かなくなると、今度はそれと入れ替わるようにざくざくと重たい足音が耳に届いた。

『ほら、迎えが来た』
「迎え・・・?」

何処から聞こえるのかも分からない、けれど何処かで聞いたことのあるような声は、端的に告げるだけ。何のことだか分からないままうっすらと降る雪の向こうに目を凝らすと、ぼんやりと影が浮かび上がってくる。
誰だろう、と思うよりも前にそのシルエットに涙が出そうになった。

「っ・・・負けちゃったよ、俺。お前に負けるまで絶対に負けないって、言ったのに、ごめんグリーン」

ざくざくと雪道を歩く幼馴染は、何故か肩にピカチュウを乗せている。レッドの声に耳を傾ける様子はなく、ただ黙々と雪道に足を取られない様気を配りながら歩いていて、何も変わらないんだなぁとぼんやり思った。けれど、レッドの心情だけが変わっている。
それでも構わない。
例えばグリーンの目にはレッドの姿が映らないのだとしても、もうそれでよかった。
会いたかったのだ。
素通りされても声が届かなくても、グリーンの顔が見たかった。声が聞きたかった。誰に話しかけていてもいいから、少しでもその存在の傍にいたかった。

「ふぅ。ようやくこっちに気付いたぞ、ピカチュウ」
「・・・!」

ぴたりと、レッドの立つ1メートル手前で歩を止める。
グリーンは呆れているんだと言わんばかりの顔でそこに立って、何故かしっかりとレッドを見つめている。ついこの間もレッドの目の前を素通りしていったはずなのに。
それに、この間見かけた時よりも、随分と背が伸びているような気がした。これでは、まるで・・・

「まったく・・・全然こっちに気付かないんだもんなぁ。なぁ、ピカチュウ?」

グリーンが同意を求めると、彼の肩に乗っていたピカチュウは「ピカピカ!」と頷いてぽてっと雪の上に飛び降りた。軽やかな着地を果たした彼は、とすとすと雪を踏みしめてレッドの方へと駆け寄って来る。
ひと思いに跳躍してレッドの胸に飛び込んでくるこの温もりは、つい今し方走り去っていったピカチュウのものでは、ない。この子は、このピカチュウは、ずっと昔から一緒に旅をしてずっと友達だったレッドのピカチュウだ。

「お前の世界は、こっちだよ」

迎えに来たんだ、とにこりと笑みを浮かべながらグリーンが指を差した向こうに、光が見える。
ぴかぴかと、煌く光。
暗闇の中で、ずっと求めていたもの。

「こっちだよ、レッド。戻って来い」
「あ、・・・あ」

居場所を失ったのだと思った。
今まで傍にあったもの全てに拒絶されたのだと、そう思った。

「おいで」
「・・・グリーン!!」

1メートルの距離をまろぶように縮めてグリーンの腕に飛び込む。
殆ど体当たりのように飛び込んだにもかかわらずグリーンはしっかりとレッドを抱きとめてくれて、暖かな腕に今度こそ堪え切れない涙が溢れて零れた。

「グリーンがっ俺に気付いてくれなくて」
「うん」
「っ・・・声かけても、何回呼んでも、気付いてくれなくて」
「うん」

懐かしい故郷で、見知らぬ少年に『レッド』と呼びかけたグリーン。
何度声をかけてもレッドに気付かないまま、少年の背中を追っていく彼の背中を幾度見送ったことだろう。

「さみし・・・かった・・・」
「俺も寂しかったよ」
「一人は、嫌だよ・・・!」
「大丈夫。お前は、一人なんかじゃない」

俺もいる、ピカチュウもいる。そうだろ?
だから一人なんかじゃないよと繰り返すグリーンの声を聞いていたら、涙が止まらなくて、どうしようもなくて、ただただ泣きじゃくる。まるで涙の止め方を忘れてしまったみたいで、そのうちどうして泣いているのかも分からなくなりそうだった。

「・・・帰ろう、レッド。心配したんだぞ?」
「ごめん、グリーン、ごめん・・・ありがとう」

暖かい手に引かれて目指した光の先はとても眩しくて、目を開けていられない分少しだけ怖かったけれど、手に触れる温もりがあるから怖くないとも思う。
最後の一歩を踏み出したその時、ふいに『もう迷わないで』と囁くような声を聞いた気がした。






やっとグリレ!

2010/7/23



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