愕然とした気持ちを抱えたまま、縋るような思いで家の扉を潜る。 彼女もきっとレッドには気付かないだろうと頭では分かっているのに、もしかしたらと思うことを止められない。 そんなもの、グリーンの目がレッドを通り過ぎていった時点で捨てるべき物だった。 分かっているのだから、彼女には会わずに行くべきだった。 「母さん」 家の戸は開けられるのに、声は空気を震わせない。定義が、よく分からなかった。どうしてこんなことになってしまったのだろう。何故、キッチンに立っている彼女は振り向いてくれないのだろう。 「かあさん、かあさん・・・!」 何度も呼んで、縋るように手を伸ばしたその刹那、ゆっくりと彼女が振り返る。 はっとした。 気付いてもらえたのかと、ようやく声が届いたのかと、・・・そう思ってもう一度「母さん」と紡ごうとして。 「あら?ドア、開けっ放しだったかしら」 たった一人の肉親である母までもがレッドを通り過ぎていく事実に、一体何を感じればいいのかも分からずに、開きかけた口を再び閉ざす。 あぁこれは一体なんていう喜劇なのだろう。 自然と零れた笑みが何を思うのかも、もう分からない。 突然目の前に現れた絶望をただ静かに見つめる以外に、レッドにはどうしようもなかった。
みなしごみらい
グリーンにも母にも博士にも。 誰にも気付かれないままマサラを旅立ち、トキワを通りニビへハナダへと足を運んだ。 知っている顔に見つけて欲しくて、気付いて欲しくて。たった一人でも良かった。誰かがここにいるレッドの存在に気付いてくれさえしたなら、それだけで。 「まるで透明人間だ・・・」 けれどやっぱり、レッドの存在に気付く者などないのだ。 何をしても、言っても、誰にも気付かれない。けれど、物に触れることは出来て、家のドアは開けられる。そして、ドアが開いた事実には誰かが気付くのだ。 ドアを開けたレッドには誰も気付かないのに、とても不思議な話だとぼんやり思う。 まるで、『レッド』と呼ばれていたあの少年の足跡を辿るために透明人間になったかのような気分だった。 あの子が誰なのかは今も分からない。けれどこの世界は、あの子のものなのだろうと漠然とした理解が生まれ始めている。 ここには、レッドの居場所がない。 だからきっと、ここにいるレッドは誰にも気付いてもらえない。 当然だ、この世界の『レッド』は、あの子のことなのだから。 (・・・いい加減、認めなくちゃいけないんだよな) どんなに歩いても、追いかけてみても、望みは叶わない。 分かっているけれど、辛い現実を無理に飲み込めるほど大人になるのは難しくて。 それとも、立ち止まってしまえば楽になれるのだろうか。 悲しい現実から逃げることは、出来るのだろうか。 「わっ・・・!」 考え事をしながら歩いていると、茂みがガサッと音を立てると同時に足元を走り去っていこうとする何かに気付いて、びくりと足を引く。 何とか寸でのところで踏まずに済んでよかった、とほっと一息ついてからそれが杞憂であることを思い出した。 例えば足を踏み出したところで、レッドには生きているものに触れることすら出来ないのだから。 「あれ、ピカチュウ・・・?何でこんなところに?」 レッドが驚いて足を引いたのと同様に走っていた足を止めてレッドを見上げているのは、何故かピカチュウだった。 辺りを見渡して自分の居る場所を確認して、再び足元を見下ろす。 何度そうしたところでそこにいるのは確かにピカチュウで、ここはタマムシシティとヤマブキシティの間の通路だ。ピカチュウの生息地は確か、トキワの森や無人発電所の付近だったはず。こんな場所にいるはずがない。 誰かの手持ちだろうかとも思ったけれど、辺りにはトレーナーらしき人影がない。ということはこのピカチュウは野生なのだろう。 生息地ではない場所で生きるピカチュウ。 それが何故か今の自分とダブって見えた。 自分がいるべきではない世界。 ここはきっと、そういう場所なんだろう。分かっていても、でもどうしようもない。だって、それでもレッドはここにいるのだから。 「お前も、俺と同じなのかな」 笑みを浮かべても、全て自嘲の形に歪んでしまう。笑い方なんて、もう忘れてしまった。 ピカチュウの目線と合わせるために屈んで、手を伸ばす。どうせ触れられないのだろうけれど、撫でるフリをするぐらいは構わないだろう。どの道ピカチュウは気が付かないのだから、同じことだ。 そう、思った。・・・けれど。 「さわ・・・れる・・・?」 ぽすん、と確かに頭に乗った手。 思い出すのは、いつも一緒に歩いていた黄色い小さな相棒の姿。あぁそうだ、昔もこうやって小さな頭に手を乗せて撫でていたんだ。ゆっくり撫でると丸い瞳を細めて嬉しそうに笑うから、レッドも一緒に嬉しくなっていつもいつも飽きずに小さな頭に手を乗せた。 随分昔のことのように思えるのは、どうしてだろう。 溢れそうになる感情を押し込めたくて口唇を必死に噛み締めると、ピカチュウがことりと首を傾げて小さな手をレッドの頬に伸ばす。 その手の暖かさがあまりに優しくて、温かくて、懐かしくて、ぽたりと落ちた涙がピカチュウを濡らした。 「俺と、・・・一緒に行こうか」 レッドがあの日目覚めてから触れてきたものには、何の熱も宿っていなかった。けれど、腕に抱いた命には、それがある。 初めて触れた、温かさ。 本当はもうここで立ち止まってしまおうかと思っていた。 けれどまだ温もりを手に出来るのなら、もう一度歩き出してみてもいいだろうか。 望むものを追いかけてみても、いいだろうか。 (ねぇ、グリーン) 叶わないと、分かっている。 けれどやっぱり、思うのだ。 あの声でもう一度名前を呼んで欲しい、と。
何度も言うようですが、本当にグリレなんです。 |
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